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2023年6月29日 更新 印刷用ページ印刷用ページを開く
DNARに関するガイドライン

当院のDNAR指示の決定に関する基本方針 注1)注2)
 1)「患者の生命活動」を大切にする.
 2)「患者の意向」を尊重する.
 3)集団的に決定する.
DNAR指示が出された場合の留意点
 DNAR指示が出されたことを理由にして,それまでの治療やケアが控えられてはならない.
  • 注1)この基本方針は全てに優先するものであり,このガイドラインにのっとった対応ではうまく解決できない問題に遭遇した場合,この方針に立ち返って判断することが必要である.
  • 注2)三つの基本方針の間で対立が生じる場合がある.たとえば,治療者が患者の生命活動を大切にしたいと考えていても,患者が「早く死なせてほしい」という場合などである.その場合でも,この三つの方針の一つを切り捨てて問題を早く解消しようとするのではなく,三つの方針の調和を図るべく努力を続けなくてはならない.

1.主旨
このガイドラインは,日常の臨床場面で少なからず直面するDNAR(心肺蘇生治療を行わない)について,基本的な指針を示すものである.
注)厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定に関するガイドラインを規範とする.

2.対象
当院入院中の終末期患者およびその後継続して在宅療養となった患者を主な対象とする.
注)外来管理中の患者は,このガイドラインの対象としない.

3.心肺蘇生術について
心肺停止時注1)に行う蘇生行為(心臓マッサージ,人工呼吸,気管挿管,人工呼吸器,電気的除細動)のことをいう.心肺停止時に蘇生を行わないことをDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)という.
・心肺蘇生術は,蘇生の可能性がある場合は,躊躇なく実施される.しかし,がんや難病などで回復の見込みなど困難な患者に対する心肺蘇生術には,慎重に判断する必要がある.なぜならば,それは医学的に有効とは言えず,患者や家族に苦痛を与えるだけになる恐れがあるためである.さらに 心肺蘇生 に含まれる医療処置の内容,および心肺蘇生以外の医療処置について,医師だけでなく,看護師など他の医療職にも共通理解があること,そして,その上で,可能な限り事前に患者や家族と対話を深め,適切に説明されることが必要である.
・実際の臨床現場では,DNAR 指示によって CPR 以外の他の治療に対しても消極的になり,生命維持治療も制限されてしまい,実質的な延命治療の差し控え・中止となってしまっている場合さえある.そこで,「生命を脅かす疾患」に直面している患者においては,他の医療処置の内容についても,具体的に十分に考慮する必要がある注2).
注1)心肺停止時心臓または肺機能のいずれか,もしくは両方が停止している状態
心臓機能が停止している場合
・意識の完全消失
・頸
動脈・大腿動脈(乳児は上腕動脈)の拍動消失
心電図上で,心室細動,心静止,無脈性電気活動(PEA)または,無脈性心室頻拍が確認される.
肺機能が停止している場合
自発
呼吸の消失が認められる.ただし,心停止後の数分間は,あえぐような呼吸の死戦期呼吸をしている場合
注2)日本臨床倫理学会:日本版POLST(DNAR  指示を含む)作成指針を規範とする.

4.対応原則
入院中の患者が心肺停止状態に陥っていることが発見された場合,病態に応じて以下の原則にのっとって対応する.
A:心肺蘇生不能例の場合 注1):心肺蘇生法を実施しないことを原則とする.
注1)心肺蘇生不能例:心肺蘇生法を開始しても,効果が全くないことが明確である場合.
たとえば死後硬直などの死体現象がすでに始まっている場合
B: 心肺蘇生不能例ではない場合   
心肺蘇生法を開始することを原則とする.ただし「有効なDNAR指示」が出されている場合は,心肺蘇生法を開始しないこと(DNAR)が許容される.

5.「有効なDNAR指示」を出すための手順
「有効なDNAR指示」を出すためには,1.医師の判断,2.多職種の同意,3.患者の意向の確認の三つの条件を満たす必要がある.この条件を満たさない場合,DNAR指示は無効である.
条件1 医師の判断
患者が「心肺蘇生法不開始が許容される医学的要件」を満たしている,または約一ヶ月以内に満たされる可能性が高いと推測される状態にあることを,初期研修医を除く複数の医師によって確認する.
ただし夜間帯や休日など医師体制が手薄な中で判断を下さなければならない場合には,医師一名のみの確認でもよいこととする.この場合72時間以内に,他の医師によってこの判断の妥当性を確認する.

◆ 心肺蘇生法不開始が許容される医学的要件
  • 適切な治療にもかかわらず,病状の進行によって死が差しせまった状態にある
  • 心肺停止した場合,仮に心肺蘇生しても短期間注)で死を迎えると推測される
注)「短期間」が示す期間は,患者の状態によって期間の長短が異なるため一概に規定することは困難であり,医学的常識に即した判断であればよいものとする.ただ目安として記すならば,1か月以内の期間を想定する.
条件2 多職種の同意
当該患者に関与する多職種(最低でも医師,看護師を含む)の合議によって,DNAR指示を出すことの妥当性を確認する.
条件3 患者の意向の確認
患者の意向を確認する.患者の意思決定が可能であればAに,可能でない場合はBに従って確認する.
A 患者の意思決定が可能な場合
1)患者と家族(または代理人)へ説明する.この際,主治医注1)と看護師注2)同席にて説明を行う.
注1)主治医の役割
DNAR指示に関して十分な説明を行う.
ここで説明されるべき情報とは,現在の病状,推測される予後,心肺蘇生法  
に関する一般的情報(手技,効果,副作用など),DNAR指示の持つ意味,DNAR指示が出された場合でも,それを根拠として通常医療の手控えを行うわけではないこと,苦痛緩和医療の保証,取り消しについての説明などを含む.
注2)看護師の役割
患者の立場に立って,苦痛緩和ケア,心理的サポートを行うよう努める.
2)十分に話し合った上で患者の意向を確認し,カルテに必ず確認内容を記載し,状況に応じて患者の意向表明書(私の事前指示書)を記入していただく.
3)患者の意向がDNARを希望されるものであれば,主治医がDNAR指示を出す.
B 患者の意思決定が可能でない場合
1)家族(または代理人)へ説明する.この際,主治医と看護師同席にて説明を行う.
2)家族(または代理人)と十分に話し合った上で患者の推測意思を確認し,カルテに必ず確認内容を記載し,患者の意向表明書を記入していただく.注)
注)その際,患者の過去の言動や,過去の意見表明(事前指示書等)などを考慮に入れて確認する.
3)推測意思がDNARを希望されるものであれば,主治医がDNAR指示を出す.
4)家族がいない及び家族が判断を医療・ケアチームに委ねる場合は,本人とっての最善の方針をとることが基本とする.
5)患者の意思決定の能力に疑義があり代理意思決定者の該当となるものがいないときの対応
  • 緊急性の無い場合:担当の医療福祉相談員に代理判断者の検索を相談する.
  • 努力しても代理意思決定者を検索しても見つからず,緊急性はないが治療が必要と考えられる場合:各診療科で検討の上,最終的には主治医もしくは各診療科の責任者が判断し,判断が困難な場合には,倫理委員会(臨床倫理コンサルテーションチーム)にて検討会を開催し,治療方針等について検討又は助言を得る.
6)入院時にDNARの同意(事前指示書も含む)の確認を行っても,その詳細を患者や家族が十分に理解し納得しているとは言い難い状況にしばしば遭遇する.そのため,入院時のみならず,病状変化時ごと(医師の判断のもと)に終末期医療を含めDNAR指示について,複数回に渡って意思の確認を行う.
注)入院中での心停止に至る1時間前の主な病態は, 不整脈,急性呼吸不全,低血圧・ショックが挙げられる.これらの病態に対し,改善が見込めると医師が判断した場合,病状の変化時ごとに患者・家族に意思の確認を行う.
7)医師・看護師・医療福祉相談員等の多職種は,DNARの指示について,定期的に,指示の妥当性を多職種カンファレンスで再評価し,その評価内容をカンファレンス記録として記載し,スタッフ間で共有する.
   参考)カンファレンスでの確認内容
・病状に変化はないか
・患者,家族に心理的変化はないか
8)在宅,施設等ですでにDNARの同意書(リビング・ウィル:終末期医療におけう事前指示書も含む)を有している場合でも,主治医より患者及び家族に医師の再確認を行い,当院のガイドラインに沿って再度同意書に署名をもらう.

 DNARに関わる同意書の記載
非がん・がん・筋委縮性側索硬化症(ALS)等の慢性疾患における治療・ケア行為の詳細に関する実施の希望の有無については,①慢性疾患・非がん・がんの「私の事前指示書」,②神経・筋疾患:ALS等の「私の事前指示書」,急性期からの終末期移行時の蘇生処置・延命などの治療行為の希望の有無,判断の可否は,③急性終末期治療行為の「私の事前指示書」により,主治医が十分に説明し,その後の意思決定内容(同意・非同意)の詳細について,本人・家族または同意代行者に確認を行い,署名をもらう.これをスキャンとして残し,また,診療記録にその旨を残す.

*事前指示書は,基本的に法的な規約や責務を問われるものではないが,同意に関する共有の証拠として有効である.

6.有効なDNAR指示が出されている患者が,心肺停止した際の対応
有効なDNAR指示が出されている患者が,心肺停止状態に陥った場合,その患者が「心肺蘇生法不開始が許容される医学的要件」を満たしていれば注),心肺蘇生法を開始しないことが許容される.
注)
  • 患者が心肺停止しても「心肺蘇生不開始が許容される医学的要件」を満たしていない場合(たとえば予期しない窒息による心肺停止など)には,蘇生の可能性がある場合は,心肺蘇生を開始する.
  • 終末期ではない後期高齢者やADLが低い患者にCPR行わないことは,「蘇生可能性があるがあえて行わない」すなわち “DNR”の場合があり,本来の目的である終末期患者への蘇生行為を禁止するために適応されるDNARとは異なる.
  • DNARが決定されれば,どのような場合でも心停止に際してCPR行わないのかという議論も重要である.
  • DNARを決定した理由の疾患とは別の原因で心停止に至った場合,特に医療行為による合併症で心停止に至った場合の行動(場合によってはDNARがキャンセルされる事もある)について,あらかじめ患者や家族らと話し合っておく必要がある.

7.DNAR指示の妥当性の確認
1)指示の適応の際は,次のすべての手順を満たしていることを確認する.
(1)患者本人・家族(近親者)および医療ケアチーム内で十分なコミュニケーシ ョンがなされていますか(多職種の合議によるDNAR指示への同意)
(2)患者本人の意思は尊重されていますか(患者よるDNARの意向表明)
(3)患者が意思表明できない場合の検討がなされていますか(家族,代理意思決定者によるDNARの意向の表明)?
(4)患者の「 DNAR 指示」を出すのにふさわしい医学的病態ですか?
・ 複数の医師による医学的要件の確認
(5)意思決定についての手続きは適正ですか? 記録は適切になされていますか?
・意思決定のプロセスが「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省, 2007 年)に沿っているかどうかを,再確認してください.
(6)DNAR 指示を含む事前指示書の作成後にも,最大限の苦痛緩和医療ケア等を含めた患者の尊厳に対する配慮がなされていますか?
2)指示が出されている患者に関わる職員は,常に患者の状態や意向の変化に目を配り,指示の妥当性を確認する.
3)主治医及び病棟看護師は指示が出された日から毎週定期的に,指示の妥当性を多職種病棟カンファレンスで再評価し,その評価内容をカンファレンス記録としてカルテに記載する.
注)カンファレンス等で確認する内容
①適切に手続きがされているか,「患者様の意向表明書」を確認する.
②病状に変化はないか 

③患者,家族の意思の変化 
④CPR以外の必要な治療やケアに差し控えはないか

8.DNAR指示の取り消し
医師の判断,多職種の同意,患者の意向の一つでも条件を満たさなくなった場合には,病棟カンファレンス及びその他の開かれた場で集団的に議論し,無効と判断された場合は速やかに主治医がオーダーを取り消す.この際,取り消し理由や説明の内容など,カルテに記載する.

9.DNAR指示の安全性,倫理性の確保のためのチェック
9.1 職員の任務
1)当院職員はこのガイドラインを熟知した上で,運用しなくてはならない.
2)このガイドラインに添わない不適切なDNAR指示が出されていることを知った場合は,病棟看護師長に報告する.  
9.2 主治医の任務
1)当該患者の主治医は,患者の状態と意向について十分な注意を配り,DNAR指示の妥当性について常にモニターする.同時に緩和的医療の在り方も検討する.
2)DNAR指示を許容する条件を満たさなくなった場合には,早急にDNAR指示を取り消す.
9.3 当該病棟師長の任務:(病棟カンファレンスの運営,患者・家族に対するケアの質の評価)
1)当該患者が入院している病棟の師長は,DNAR指示が出された患者を把握し,定期の多職種カンファレンスで経過や妥当性を確認する.
2)オーダーの妥当性に関する悩みや運用上の問題が生じた場合(例えば患者・家族間や家族の中で意見が対立している場合や,医療スタッフの間で意見が分かれる場合など)は倫理委員会に報告し,中立的な第三者の意見を聴取しながら議論を進める.
9.4 院長の任務
不適切な事例の主治医に対して,指導など必要な介入を行う
 
🔹ガイドラインに従って運用する意図
以上の考え方に基づいた DNAR 指示が出されることを制度的に保証するため,DNAR ガイドラインを制定した.そして「当院の DNAR 指示の決定に関する基本方針」を実現していくために,このガイドラインは次の二点に留意し作成した.
1 早すぎる DNAR 指示を防ぐ
当院では,患者や家族の苦しみを真剣に受けとめることを大切にしてきた.しかし,そうした努力は「早すぎる DNAR 指示」といった誤った倫理的判断を下す危険性を高めることにもなる.だからこそ当院には『DNAR に関するガイドライン』が必要であり,それに従って「DNAR 指示」が運用されねばならない.
そこで「早すぎる DNAR 指示」を出す恐れが誰にでもあることを踏まえて,それが起こらないようにすることをガイドライン制定の目的とする.さらに言えば,本ガイドラインの目的を,蘇生の有益性が残されているにもかかわらず,DNAR指示により自動的にこれらの不開始,差し控え,中止されることのないよう「早すぎる DNAR 指示」を防ぐこととする.
注)「早すぎる DNAR 指示」の<早すぎる>とは,話し合い開始の時期を示すものではなく,蘇生の有益性が残されている時期をさす.
2 細かい医学的要件よりも,開かれた手順を重視する
当院において,DNAR 指示が出される可能性のある場面は幅広い.たとえば当院には,救急外来やICUもあれば,急性期病棟,リハビリ病棟,小児科産科病棟もある.そしてまた入院患者の疾患も,予期せぬ事故や急病の終末期,認知症の終末期,癌の終末期,慢性疾患の終末期など,多岐に渡っている.それに日進月歩の医学的進歩を踏まえれば,死が避けられない状態や辿るであろう過程は,年令や病態によって異なり,医学的技術の進歩によって今後も変化していくと推測される.DNAR 指示が出される場面が幅広く,事例毎の個別性が高いために,医学的要件を細かく定めて「早すぎる DNAR 指示」を防ぐという方略は,臨床上はうまく機能しないと考えられる.
そこで本ガイドラインでは,医師による判断の医学的,倫理的妥当性を高めるために,「閉じた判断」ではなく「開かれた判断」に制度的に誘導することによって,安全性,倫理性を確保する方略をとることにした.
注)「開かれた判断」とは通常,病棟での定期的な多職種カンファレンスを指すが,オーダーの妥当性に関する悩みや運用上の問題が生じた場合,倫理委員会に報告 し,第三者の意見を聴取して議論するものも含める.

【参考文献】
1)Ebell, M.H. et al: Survival After In-Hospital Cardiopulmonary Resuscitation. J Gen Intern Med ,1998; 13: 805-816
2)Sandroni, C. et al: In-hospital cardiac arrest: incidence, prognosis and possible measures to improve survival. Intensive Care Med 2007; 33: 237-245.
3)Nolan, J. et al.: Outcome following admission to UK intensive care units after cardiac arrest, Anesthesia 2007
4)Reisfield GM, Wallace SK, Munsell MF, Webb FJ, Alvarez ER, Wilson GR.Survival in cancer patients undergoing in-hospital cardiopulmonary resuscitation: a meta-analysis: Resuscitation,2006 ; 71: 152-60.
5)Moss, A.H.: Informing patients about cardiopulmonary resuscitation when the risks outweigh the benefits. J Gen Intern Med 1989; 4: 349-355
6)American Heart Association: Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care.2005:IV-7,(AHA 心肺蘇生と救急新血管治療のためのガイドライン 2005 中山書店, 2006,p8)
7)箕岡   真子:蘇生不要指示のゆくえ,医療者のためのDNARの倫理,ワールドプラニング,東京(2012)
8)厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン,2018年3月改訂版 」
9)日本版POLST(DNAR  指示を含む)作成指針;POLST(Physician Orders for Life Sustaining Treatment)「生命を脅かす疾患」に直面している患者の医療処置(蘇生処置を含む)に関する医師による指示書,日本臨床倫理学会,2014.
  
富士吉田市立病院倫理委員会
改定 2023年5月1日

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